茨城県・被害実態記録

茨城県 Y.A.(S. 42年生まれ)

 私は、この電磁波悪用で、21歳の時に、今の主人と半同姓していた時に、急にある日、私の中に、話しかける声が聞こえ、回りを見るとだれもいなくて、私はびっくりして、最初は霊に話しかけられているのかなと思いました。私に話しかける声は女2・3人、男2人とエスカレートし、毎日24時間話しかけられてしまい、最初はなにがなんだかわからず、私の件、主人の名前をもちだしてきて話してきたり、完全に私に話しかけてきているのです。主人と結婚する前に、悪用電波で話しかけられ、ほとんど眠れない日々、食べものも食べられずじまい、ほんとうに生きているのか死んでいるのか意識不明の状態におちいり、私を脅迫し、毎日マインドコントロールのようにその犯人がおもしろがって、いろいろ話しかけ、私と今の主人を別れさせようとして、マインドコントロールのように話され、私の部屋のベランダから、主人が好きだったら飛び降りろとか話しかけられ、私は、ふと、意識がもどり、飛び降りませんでした。手首を切れとか言われ、私はかるくやろうとしましたが、ふと我にかえり、やりませんでした。

それから2〜3ヶ月家から出してもらえず地獄の日々を送りました。私の交友関係をもちだし、友達の名前を言ったり、くだらないことばかり私に話しかけ、私の精神状態を、神経をぼろぼろにし、顔にふきでものばかり、見られない顔になってしまいました。

そんなある日、犯人たちは私の行動をおもしろがって、ダンナを殺す、私を殺す、とか脅迫的なことを言い、自宅から主人のアパートまで、心配だったので、自転車で全身の力をふりしぼって会いに行きました。私は主人がいなくなっているんじゃないかと心配で無我夢中でした。
電波で話しかける犯人は、そのアパートの2Fに以前住んでいたXX組XXX主体で、極道の妻2〜3人、男2〜3人に話しかけられていました。

一日中話しかけられ、車のスピーカーから犯人の声が聞こえ、気持ち悪くなり、その他テレビの音量から、外にでている時も、旅行先にも、あのXX組の気持ちわるい声が聞こえ、マインドコントロールのようにねたんで、連発で話しかけ、その犯人たちが「ダマっていると、うらやましくなってくる」とか、私が夜11:30ごろ寝ようとすると、ある一人の女の犯人が「○○○○○○○ちゃん」と私に話しかけ、私がしらんぷりして体が疲れていたので寝ようとしていると、眠たくなっちゃったい、と犯人がしつこく私に話しかけ、くだらないことばかり話しかけ、ずっと朝まで話しかけ、とうとう一睡もできませんでした。

もう私は毎日が忙しく、ぎっしり予定が入っていたので、やっとの思いで働いていました。眠っていないので心臓が痛み、めまい、どうき、いきぎれしながらやっとの思いでこなしていました。ある日、美容院につとめていたときのことです。お店で働いていると、殺す、とか脅迫的なことを言い、マインドコントロールのように話しかけられ、結局美容院をやめるはめになってしまいました。

ほとんど毎日犯人たちは私に話しかけ、私が22才の時、今の主人と私が12月24日籍を入れることになりました。私は籍に入る前に、すごく犯人に苦しめられました。24時間ずっと話しかけられ、倒れそうになり、私の体は冷えきって、殺してやるとか、トラックでやきごろしとか、焼身自殺とか、脅迫的なことばかり犯人に話しかけられ、もう私の精神状態が限界に達しました。もう私はこのまま死んでしまうのかとおもいました。その時、今の主人が私の手を握ってくれ、意識がもうろうとしていたので、あまりよくわからなかったのですが、私の親戚が集まっていて、私がおかしくなってしまったのにびっくりして、心配してきて、なんだか相談している声が聞こえ、私が電波で犯人に話しかけられていると言ってもぜんぜん信じてくれなくて、苦しんでいるのになんでわかってくれないんだろう、私が霊にとりつかれているんじゃないかな?神社で霊はらいしに行ったほうがいいんじゃないかと、かってにノイローゼになっているかと思い、ヤダ、私は頭がおかしいと思われ、そのときほどくわしい思いをしたことはありませんでした。でも無理もありません。普通じゃ考えられないことをされているんですから。それで神社にやっとの思いで、ごはんも食べていなかった、眠っていなかったのでふらふら歩ける状態ではなく、ふらふらささえられながらやっとの思いで、いやいやながらたどりつきました。そこでもまた犯人のいやがらせがつづきました。

私がおはらいしてもらっているさいちゅうに、脅迫的なことばかり、殺すとか連発で、私が苦しんでいるのをおもしろがって、私がトイレに行きたくなり、トイレに行こうとすると、また犯人がじゃまし、女男2人ぐらいで私を脅迫し、トイレに行かせなくし、おしっこをむらさせました。本当にくやしくてたまらず、ただ私はくやし涙が止まらず、ぜったいこ犯人を許せない、同じめにあわせてやると思っていました。

それから、今の主人に、こんな状態が続くなら、私のことを精神病院につれていく、とむりやり言われ、すぐ私はそのとき意識がはっきりしていたので、ぜったい私は病気じゃない、ほんとうにその犯人に話しかけられていると何回いっても信じてもらえず、いちおう行くこと、神経がものすごく疲れきっていて、神経痛がたえずつづいていたので、手足がしびれてしかたなかったので、夜私のこと「ねかさなくする」とか言っていたので、私はそれまで睡眠薬なんかのんだことなかったので、すごくあたまにきました。後、安定剤をもらい、すごくらくになりますが、私はその薬をのむと、体がだるく、一日ぼっとしているので、これじゃ仕事ができないと思い、あまりもらってのみませんでした!!

ほとんど毎日犯人の声のこうげきがつづいています。

平成5年2月に長女が産まれました。妊娠ちゅう、おなかに影響がわるくなるのであまり聞く耳をもたない決意をしましたが、聞きたくない声がきこえてきてもぶじ安産で産むことができました。産まれても声の攻撃はつづきました。平成7年、次女をみごもった時、私は死ぬおもいをしました。私は声のこうげきにじゃまされながらも、やっとの思いで主人の子どもを育ててきました。次女がおなかにいるとき、犯人のいやがらせがエスカレートし、8ヶ月の時、ピューロランドにかぞくで行くことになりました。遠いので朝はやくでると言われ、そのばんずっと犯人の声でねかせられないように朝まで、声のこうげきをやられ、私はくやし涙しながらピューロランドに、いっすいもせず、ぐあいがわるかったけど長女がかわいそうだと思い、やっとの思いで行って、車の中でもこうげきされ、ピューロランドについてもずっと声のこうげきでじゃまされました。おなかがすごくはってしまい、おなかがいたくなり、それでもふわふわしながら、つらくてしかたなかった!!子どもがかわいそうだったので、犯人はわたしがくやしがることを何回もいい、もうせっかく楽しい思い出にしようと思っていたのが、犯人のせいでだいなしでした。

そして、8月の終わりごろ、ある産婦人科の検診で、超音波をあてられたとき、子どもの心臓が弱っていると言われ、ベットにねかされました。きっと私はこの犯人が年がら年中声ではなしかけられ、毎日きもちわるく、またイライラしていたからです。どうしようかと思いました。そのときも頭にきてしかたなかったです。

そして平成7年10月15日の夜、陣痛があり病院へ、陣痛はいったんとまり、陣痛剤をうってもらったら、テレビをみている時も犯人の声がもうきもちわるくてうんざりしました。そして分べんだいにのったとき、また犯人がぶつぶついってましたが、私はなんとか、ぶじ産まれてほしいと思い、くびにひとまきへそのおがからまったまま産まれましたが、ぶじ出産しました!そして病院の入院生活が始まり、産んだ夜、ほかのひとがみんなぐっすり、いびきをかいてねている時に、犯人が、私がベットでうごけない状態のときに、むかつくことばっかり、マインドコントロールみたいにうったえてきて、もうテレビのスピカーから犯人の声がきこえ、いっすいもできず、入院中地獄みたいでした!!

たったすくいは人や友達と話している時だけです。犯人がだまっているのは!!私はくやし涙がとまらず、なきながらベットでねていました。
ぜったいにこの暴力団、X組、極道の妻、ゆるせない!!