北海道・被害実態記録

H.M.北海道在住

私の略歴及び被害の実態は以下の通りです。

学歴と被害の実態:

昭和61年 横浜市立OO小学校卒業
平成元年 横浜市立OO中学校卒業
 中学在学中、中学2年の時に周囲の友人から私の私生活を知っていることをほのめかす、例えば私が自宅にいる時に家族に対して何かを話すとそこで話された事と同じ内容の事、同じ言葉を使った話を次の日に学友から話されるというような事が何度かありました。ここでは私が話したことのない私の思考内容を友人から話されるという思考盗聴もありました。これが私の経験した最初の被害です。
 私の私生活が盗聴、盗撮され、思考内容までもが盗聴されているというのは少し意外な事でその時の自分にとっては信じるのが少し難しい事だったので、この時はまだ自分のプライバシーが脅かされているとはあまり考えませんでした。

平成4年 神奈川県立OO高等学校卒業
 この時も中学時代と同様に同じクラスの学友から私のプライベートな事柄に関する情報を持っているというニュアンスの話を時々されることがありました。

平成7年 OOOOO専門学校電子工学科3年制卒業
 ここでも中学、高校時代にあったのと同様に私の私生活、思考内容に関する話が学友や学校の講師にほのめかされることが幾度もありました。それからこの時期辺りから私の私生活に関する情報を握っている、つまり私が監視下に置かれているという意味合いの反応をマスメディアからも受ける、例えば私がプライバシーの中で日記を書き始めるとそれ以降、「日記を書くこと」がマスメディア取リ沙汰され、流行り出していくような事が頻繁にありました。こういった事はあまりに数多くありましたので、この時期以降は自分の私生活に対して成されている盗聴、盗撮を疑うようなことはなくなりました。

 さらにこの時期にはそれまでのハラスメントとは異なるもっと大きな被害がありました。この事はそれに巻きこまれた人達だけが理解できるような内容のことですが、一応書いておきます。それは私に対する欠席裁判が行われ、私が死刑宣告を受けたことです。*1
当時、私はあるFM局で放送されている深夜放送を毎日、聞いていましたが、私が聞き始めてしばらくした後にこの番組の中で私の私生活、思考内容に関する話題が出るようになりました。そういった状況の中で私に対する欠席裁判がなされ、私に死刑宣告が出された、という内容のことがDJによって話されました。学校でもそれと類似する話を学友から聞きました。こういう経緯で私は自分に対して成された欠席裁判と私に対する死刑宣告を知りました。結局、この死刑は敢行されませんでした。

職歴と被害の実態:

平成7年 OOOO株式会社入社

 この会社でも同様のハラスメントが継続しましたが、それ以外にもこの時期にはこれまでとは違うタイプの被害を被ることになりました。それは一種の詐欺のようなもので次のような経緯がありました。私生活盗聴・盗撮の被害について職場の仲間に相談した際に、その職場の仲間から料金を支払えば盗聴機を取り外し、今後のために盗聴盗撮妨害用の機器(BL830という縦横10センチくらいの機器)を提供してくれるという申し出があり、私は請求された合計270万円程のお金を払ってその申し出を受けました。 けれどもそれらの効果は全くなく、以前と同様の被害が続きました。

平成9年OO軽自動車運送共同組合加入 屋号:コンチネンタル エクスプレス
平成13年以後、フリーター

 この時期以降は以前と同様の被害、私生活と思考内容についての話が私の職場の人達によってほのめかされ、マスメディアによって取り扱われるという状態が繰り替えされ、その状態が現在まで継続しています。

 ここから先は新しく加筆した部分です。

 僕の被害は思考監視、私生活の監視、メディアや周囲の人を介して心理的圧力を加えられること−ここまでは他の犠牲者達の被害と大体、共通する部分です−、それから他の犠牲者達の被害とは異なり、僕に対してスケープゴーティング*2が成されていることです。90年代を通して僕は否定的な意味合いを込めて「虫」や「犬」、数年前あたりから個人崇拝的な意味合いを込めて「太陽」という言葉によって対象化されてきました。上述の被害実態記録の中にある欠席裁判や死刑宣告が僕に成されたのも、僕がスケープゴート*3だったからです。

 僕はスケープゴートであるから、あるいはそういう扱いを受けているために、僕には変に文化的な影響力があります。僕が関心を抱く対象はよくメディアを通じて流行りだしたりします。このあたりはスケープゴーティングを経験した、あるいは今も経験している僕にしかわからないことだと思います。他の人がこれを僕の妄想と考えたとしてもおかしくないことです。
 石橋会長の周囲でも監視や電磁波による物理的な攻撃以外で−僕が経験した(あるいは今もしている)スケープゴーティングとは少し異なりますが−奇妙な出来事が生じてきました。
 マインド・コントロールの犠牲者の一部には稀にそういう奇妙なことが起こり得ます。

近況:僕の被害の中で最も厄介な部分は上述したように共同幻想*4を媒介にして加害者達に働きかけられたマスメディアや周囲の人達が心理的なプレッシャーを加える、というもので社会ネオテニズム*5的母権的な価値の支配する今現在、母権的な価値に同一化した僕に対してマスメディアや周囲の人達が否定的な見解を示すようなことはなくなり、今は単にプライバシーがないだけで以前と比べると心理的には大分、楽になりました。


*1欠席裁判と私に対する死刑宣告:今、考えるとこの欠席裁判と死刑宣告は実際には行われず、ただ僕に心理的プレッシャーをかけるためにマインド・コントローラー達に脅迫されたDJがそういう事を言っただけのようにも思えます。ただ当時の僕の周りはかなり異常な状況下にありましたので、このDJの語ることには現実味がありました。

*2 スケープゴーティング:アイデンティティーの揺らいだ共同体が個人を集中攻撃することで混乱を収拾しようとする試みをす社会学の用語。

*3 スケープゴート:集団の秩序回復のために集中攻撃もしくは崇拝を受ける個人を指す社会学用語。

*4 共同幻想:共同体の構成員によって一般的に共有されている価値観。僕の犠牲者歴の中で問題にされているのは共同幻想の中でも表面的な部分、社会ダーウィン主義*6的父権的価値と社会ネオテニズム的母権的価値の間を20年間かけて往復する社会的な慣習の部分です。共同幻想に関する詳細は下記の「共同幻想のメカニズム」を参照してみて下さい。

*5 社会ネオテニズム:ネオテニー(幼形成熟。進化の過程が1ランク上の生命体は1ランク下の生命体よりも形態形成における発生時間が遅れる。例えばヒトの成人は類人猿の胎児と同じ特徴を持っている)を直接、人類社会に適用したイデオロギー。身体的な成熟の遅れに精神的な成長の徴候を見出し、そこに進化の鍵があるとする考え方。これは僕が独自に編み出した造語/概念で他のどんな書籍にも書かれていません。

*6 社会ダーウィン主義:ダーウィンの生物進化論(生存競争による変異の淘汰と適者生存が行われ、生物が適応形態へと進化していくとする学説)を直接、人間社会に適用したイデオロギー。このイデオロギーの中では社会生活のあらゆる次元における生存競争が社会の進歩のために不可避な要因とみなされる。

共同幻想のメカニズム:

 僕は日本の共同幻想には次のようなメカニズムがあると考えています。
 西暦の下二桁が偶数(0を含む)の時は精神主義的、行動抑止的、社会ネオテニズム的、相対主義的、非身体的、非攻撃的、道徳的なイデオロギーに支配され、奇数だと現実主義的、行動強制的、社会ダーウィニズム的、絶対主義的、身体的、攻撃的な、倫理的なイデオロギーに支配される。20年のインターバルでこの二つのイデオロギー間を往復する。2000年以降の現在は80年代的なイデオロギーの再生産、道徳や精神主義、行動抑止的な価値が偏重されています。

 人間のビリーフ・システム(個人の行動を規定する無意識的な信仰体系)は異なる価値観に同一化した他者を否定する構造を持っている為にモラリスト−社会ダーウィニスト間には強い葛藤が生じます。
 社会対個人の関係性に関しても同様です。例えば道徳的価値に染まった社会は社会ダーウィニストを否定します。僕に対するスケープゴーティングはこういった文化システムを背景に行われています。僕は精神主義的母権的な価値に去勢されたヒトですが、現実主義的父権的な価値に支配されていた90年代を通し、否定的な意味合いを込めて「虫」や「犬」という呼称で呼ばれ、「(社会ダーウィニズムの原理に従って)僕が死ねば社会全体が向上する」という言われ方をされてきました。精神主義的母権的なイデオロギー、80年代的な価値のリバイバルが社会の中で始まってからは個人崇拝的な意味合いを込めて「太陽」という呼称で対象化されています。
 犠牲者歴の中にある僕に対する欠席裁判と死刑宣告は表面上、こういった文化的背景の元に成り立っていました。けれども実質的にはこの欠席裁判や死刑宣告はマインド・コントローラーによってハラスメント目的に準備されたものだと僕は考えています。僕に対するスケープゴーティングは単なる説明付けに過ぎないもの、まずマインド・コントローラーの僕をハラスする為の目的が最初にあり、マインド・コントローラーがそれを用意するために共同幻想を媒介にした説明付けを使って僕に情報を伝えることのできる範囲にいる人達−僕の周囲の人達やマスメディア−を説得し、僕の周囲の状況を作り上げたと考えています。