技術資料(海外)


目に見えない戦争(Invisible Warfare)
ロバート・ベッカー著


出典:“Body Electric(生体電気)”p317〜p326
著者:ロバート・ベッカー(Robert O.Becker)
翻訳:石橋輝勝


  ソビエトは電磁波汚染の危険を学ぶことにおいては先達であった。そして私たちが見てきたように、彼らは明かに悪意でその危険を利用した最初であった。しかしながら潜在的兵器としての領域はモスクワ・シグナルの限度をはるかに越えて広がっている。そしてアメリカ人も長い間それを積極的に研究してきたのである。次の電磁波放射効果のほとんど全が、個人に対しても、群集や軍全体に対しても、規模を拡大縮小して使用できるのである。

  これらの兵器で最も未完成なものが、化学物質タイプのものより拡大した範囲をもつ電磁波放射器の類である。1955年の海軍医療研究所での実験では犬が焼き殺された。そして短い波長の超高周波帯を使った高出力発信機は数秒でむき出しの皮膚を極度に焼くことができるのである。

  電磁パルスは核爆発で生ずる瞬間で強力な電磁エネルギーの急上昇を示す言葉である。それは1960年代初期に発見された。地上数千マイルでの爆発で発せられる電磁パルスは大陸の全体の電気システムを破壊するであろう。1970年代前半にそれまでの10倍から20倍強力に発信できる新型電磁放射発電機が、電磁パルスを模倣する努力において、また電磁パルスから通信システムを遮蔽する方法を研究する過程で開発された。1973年にこれらの発信機はバージニアにあるダルグレンの海軍兵器研究所における招待者のみのセミナーで紹介された。そこで人を殺傷するための使用が、また非弾道ミサイル・エネルギー・ビームのための使用が議論された。 それに続く発展の情報は以来まったく公にされなかった。そして長距離ミサイル追跡の困難さが、ABMビームはまだ実行できるものではないことを議論し、遮蔽されていない人々に対する使用では電磁放射ビーム兵器の方法には困難がないと議論した。

・ あるUHF帯ではそのような兵器の効果を上昇させるため大変興味がもたれている。発見者ソル・ミカエルソンが1958年に語ったように、この実験に使われたそれぞれの犬が、逃れるためにひどい興奮と筋肉活動を示しながらもがき始めた。しかしある理由のために犬はホーンアンテナ(マイクロ波用の末広がりの導波管)に直面し続ける。たぶん同じ効果として、UHFビームは筋肉の弱さと不活発を誘発できる。1960年に行われたソビエトの実験では、10万マイクロワットで5分間被爆したネズミの耐久試験を行ない、60分から6分へと泳ぐ時間を減らした。

・ あるパルス化したマイクロウェイブのビームは血液脳関門の浸透性を増すというアレン・フレイの発見は、薬物、細菌、毒物の効果を上昇させる補助兵器に変えることができる。

・ ロス・アディによって発見されたカルシウム流出窓は脳全体の機能を阻害するために使われることができる。

・ 1960年代初期に、フレイは、300から3,000メガワットのマイクロウェイブがある特別な割合にパルス化されたとき、人間はたとえ耳の不自由な人でもそれを聞くことができることを発見した。そのビームは正確な周波数とパルスの割合によってドーンと鳴ったり、シューという音であったり、カチッと鳴ったり、ブンブンうなったりと様々に聞こえ、音は頭の後ろから来るように聞こえた。フレイはその発表をすると、多くのレーダー技術者があるレーダービームが聞こえると言って気違い呼ばわりされたように、あざけり笑われた。後の研究で、マイクロウェーブは、両耳のわずかに前で少し上の側頭あたりで聞こえることが分かってきた。その現象は明かに脳組織で発生した圧力波に原因している。それらのいくつかは骨伝導を経由して内耳の音受信器官を活発化させる。その間他は聴覚経路の神経細胞を直接刺激する。ネズミでの実験では、強い信号が120デシベルの音圧を生じることができ、おおよそ離陸時のジェットエンジン音のレベルであった。明かにそのようなビームは人にひどい痛みの原因となり、全ての声による会話を妨げる。同様の効果をより巧妙に使うことができることがウォルターリード陸軍研究所のジョセフ・C・シャープ博士によって1973年に公開実験された。それは彼自身を実験台としてなされたものである。反響をなくした隔離された実験室のなかで、ビームされパルス化したマイクロウェーブ・オーディオグラムを使って彼の脳に送られた話し言葉を聞き理解するものであった。この装置は標的を声で狂わせたり、計画した暗殺者に感知されないよう指令を出すなど隠れた執行のにおいて明らかに適用される。また他のパルス周波数は別の組織で同様の圧力波の原因となるとの指摘があり、それはさまざまな新陳代謝の過程を破壊する。ペンサコーラにある海軍航空医療研究所でR.G.オルセンとJ.D.グリセット率いるグループは、模倣した筋肉組織でその効果を公開実験し、また人間の組織に対するビーム効果を発見するための契約を継続させている。1960年代にフレイはまた心臓自体が出す鼓動にマイクロウェイブのパルスの割合を同調させて、隔離されたカエルの心臓を早めたり遅くしたり止めたりできた。同様の結果が生きているカエルで得られた。これは人間の胸を貫く光線で心臓麻痺を引き起こすことが技術的にできることを指摘するものである。

  電磁放射で人を傷付けたり殺したりすることに加えて、人の行動をコントロールするいくつかの方法がある。ロス・アディと彼の同僚は様々な方法で変調されたマイクロウェーブが脳のそれぞれの部分で生じる特別な電気的パターンに影響を与えることができることを示してきた。猫での実験で、条件付けられた反応を現わす脳波はそれと振幅が一致したリズムのマイクロウエイブを発生させることによって選択的に高めることができることを発見した。例えば、3ヘルツ変調は動物の脳のある部分の10ヘルツ・アルファ波を下げることができ、またそれは別の個所の14ヘルツ・ベータ波を強めることができる。

  あるレーダーは1キロ先のハエを発見でき、また40キロ離れた人を追跡できる。そして数人の研究者は、それだけの正確で集中された電磁放射ビームは、導線による脳の電気刺激と同様、人の心を変化させることができることをほのめかしている。我々はジョセ・デルガドの研究を通してマインド・コントロールのための脳の電気的刺激の可能性を知っている。猫が毛をなめることを喚起する信号は、なにかにとりつかれたように檻の床や棒を猫になめ続けさせる。モンキーの視床(筋肉運動を統括する主たる中脳センター)を刺激するよう予定された信号は複雑な活動を爆発させる。モンキーは檻の一方に歩き、それからもう一方へ、そして後ろの天井に登りまた降りるという活動を、信号が続く限り、1時間に60回も行なったのである。だからといってモンキーが全くの盲目状態であったのではないのである。モンキーは電気的命令が行なわれている間も、障害物を避け、支配する雄を恐れることはできたのである。別のタイプの信号は、モンキーが何をしていようと彼らの頭を回転させ、笑わせることが、二週間に2,000回までできた。デルガドは「モンキーが電気仕掛けのオモチャのように見えた。」と結論した。

  本能や感情さえ変えることができる。一つのテストは、赤ん坊の世話をしていた母モンキーに信号を発するたび幼児を放り投げさせることができたのである。接近と回避の状態は、動物と人間の大脳辺縁システムにおける歓びと痛みのセンターを刺激することによって簡単にいかなる活動にも成就できた。

  追従や自己満足のような特別な思考や感情を生むよう計画された無線周波数やマイクロウェーブ放射喚起され生じた脳波電位の計測は、恐怖なしの独裁という全社会に重大な危険を提示するマインド・コントロールの方法を約束するものである。脳波研究に従事した科学者は皆、その可能性はまだ先のことであるという。しかし全員が今まさに起こっていると感じることができる。疑いの理論は脇において、放送ビームの生体効果とともに、テレビあるいはラジオによる催眠の日常化は、企まれているいないにかかわらず、大衆規格化同様の効果を形作っているのである。

  テレビ放送による昏睡の潜在的危険は見過ごせる問題ではない。映画やTV番組のような温和な刺激へのリラックスした状態での注目は催眠状態を生じることが知られている。そこでは心が助言を特に受け入れやすくなるというものである。他の催眠状態を誘発する原因として、軽い睡眠、白昼夢、あるいは交通信号のようにある定められた信号や活動を待っている間に費やする僅かの時間などがある。

  CIAは遅くとも1960年代初期には電磁波マインドコントロール研究に資金を拠出していた。それは悪名高きMKウルトラ・プログラムであり、催眠やサイケデリック薬物に主に関係し、「自動的電気的手段で人間を活発化する技術」を発見するためと同時に、監視や尋問をするための生体電気感知技術(当時は脳波測定)に適用するための資金も含まれていた。1977年9月21日健康と科学についての上院委員会に先立つ証言で、MKウルトラの指導者シドニー・ゴッドリーブ博士は「無線エネルギーの場のなかにいる人間はいかなる影響下にあるのか関心がもたれていた。それは単純には、多くのプロジェクトのなかで、だれかが無線ビームの影響下にある人をより容易に催眠にかけることができるかを知ることであった。」

  催眠術師はしばしば失神状態に容易に滑り込ませるためにアルファ波周波数のストロボライトフラッシュを使う。共産主義諸国は、探知されずに、またより効果的に同様のことをするために超低周波を30年以上使用してきているようであ。ロス・アディは最近政府からの援助をほとんど失い、軍と情報部による電磁放射の使用について発言するようになった。1983年、彼はロマリンダ・バージニア・ホテルで公開の会合を開いた。そしてロシアのリダ・マシンに関する写真と情報を発表した。これは被暗示性を平静にし、また高める10ヘルツ波を発することができる小さな発信機であった。最も興味深い点はその箱が昔の真空管で設計されていたこと、また朝鮮戦争で捕虜であった男によると同様の装置が尋問の際使われたというものであった。

  催眠電磁放射相互作用に関するアメリカの興味は、ボランティアの人によって有益な技術を開発するために計画が立てられた1974年のようにまだ強いものである。研究者シヤピッツは「この調査において催眠術者の話した言葉は、変調された電磁波エネルギーで、人の潜在意識の部分に直接送られるであろう。例えば、メッセージを受けたりそれを変換するいかなる技術的装置を使うことも、また意識的に情報入力をコントロールする状況下に人を晒すこともなく。」と述べた。一般概念の初歩的テストとして、シャピッツは特別な薬によって誘発された脳波を記録することを提案した。それからマイクロウェイブ・ビーム上にそれを変調して同じ意識状態をビームだけで生じさせることができるかどうか見るために薬物を使用していない人の脳へと送ったてみた。

  シャピッツの主なる観察記録は四つの実験よりなる。最初に、被験者は簡単なものから技術的なものと質問事項の多いテストを受ける。被験者はそれらのいくつかには答えられるが全てには答えられしない。その後催眠状態にいることも、電磁波放射されていることも知らない間、被験者は答えられなかった部分のいくつかに対し助言する情報ビームと、正しく答えたものに対する記憶喪失ビーム、そして他の正しい答えに対する記憶偽造ビームを受ける。新しいテストは2週間後にそれをチェックするために行なわれるものである。

  第二の実験は単純な活動をさせるための催眠的ほのめかしの挿入である。例えばある特別なものを買うために実験室を離れるような。しかもそれは言われた時間に、言葉あるいは視覚で喚起されるべきである。被験者は後にインタビューされた。シェピッツは「彼らは彼らの行動を合理的に説明しようとし彼らの自由意思外で行なわれたものと考えていることが予想される」と書いた。

  第3の実験は被験者に二つの性格テストをすることである。ある質問に対する相違する答えが繰り返しほのめかされる。そして病理上でない性格変化がまたほのめかされる。両者はひと月内に新しいテストで検査される。ある場合、被験者は、睡眠中に語りかけにより先催眠されるべきである。それによってマイクロウェーブ技術者は脳内にすでにある思考と命令を連動させることができる。最後に試験は、マイクロ・ビームのみによる筋肉の硬直状態のような、深い催眠の標準試験を作るためにつくられる。

  この情報は情報公開法の下に自主的に提出されたものであるから、当然それは当てにならない記念碑としてとられるべきである。結果は公にされず、実験は結論付けられなかったし、その実験はソビエトやアメリカ国民のためにアメリカのマインドコントロール技術が実際あるよりも進んでいると思わせるために発表されたものかもしれない。一方、実際は情報公開法の要求を満足させるにはあまりにふがいないものであった。

  いかに多くの電磁放射兵器の可能性が実際に開発され使われてきたものであろうか。整理された情報に関与せずそれらを知る方法はない。多くのうわさはある。ボリス・スパスキーは混乱電磁放射を浴びせられたためにボビイ・フィッシャーにチェス・チャンピオ
ン大会で破れたと訴えた。私はある科学者が三つの会議でそれぞれ同じプレゼンテーションをするために招待されたという秘密のアメリカの実験について聞いたことを思い出す。最初の一回はうまく行ったが、残る二回に彼は超低周波電磁照射を受けた。伝えられたところによると、アディのカルシウム流出が促進され、彼は興奮し無気力となった。

  1976年に国防情報省からの別の情報公開発表が暴露しているかもしれない。バトル・コロンバス実験室のロナルド・L・アダムスとE.A.ウイリアムスによって準備されたものであるが、それは「電磁波照射による生体効果とユーラシア共産国家」と表題をつけることができる。内容はアレン・フレイの発見を彼の名に言及することなく発表するものであった。共産国家だけが卑劣にも兵器としてのその利用を調査しているとかわりにほのめかしている。血液脳関門漏れ現象への言及のすぐ後、文節は削除され、じらすような文章がそれに続いた。「上記研究はマイクロウェイブ・エネルギーの兵器への応用に関心のある消費者のための読みものとして推奨されます。」この書類がなくても、武器開発競争の冷酷な進展を考えて、アメリカ合衆国が電磁波兵器をもたないと確信するには躊躇するものがある。

  しかしながらソビエトはすでにそれらをモスクワ・シグナルをはるかに越えた規模で使っているかもしれない。1976年7月4日の合衆国二百年祭の時、新しい無線信号が世界中で聞かれた。以来それは多かれ少なかれ継続して大気中にとどまっている。3.
26メガヘルツと17.54メガヘルツの間の周波数を上下に変化しながら1秒間に数回パルス変調される。それは丸のこやウッドペッカーのようである。間もなくそれはソビエトはウクライナの巨大発信機からであることが分かった。

  信号は非常に強くその波長上のものはすべてしりぞけてしまうほどのものであった。それが最初に現われたとき国連国際電信電話連盟は抗議した。なぜならそれは大洋横断飛行の航空機の緊急周波数を含むいくつかの通信チャンネルを邪魔したからである。現在ウッドペッカーは穴を残した。それはスペクトラムの上下に動くような決定的周波数を移動する。信号は現在でも全体で七局から莫大な放射で維持されている。その七局は世界で最も強力なラジオ波発信設備なのである。

  ウッドペッカーが送られ始めてから一・二年のうちに、合衆国とカナダのいくつかの都市の住民から、最初はオレゴン州ユージーンの住民から、予想もできない症状の訴えが続発した。その大騒ぎは、耳の中で早く鳴る現象を伴う、頭の圧力間と痛み、心配、疲労、不眠症、筋肉運動の整合性の欠如、麻痺であり、それは強いラジオ周波数とマイクロウェイブ被爆に特徴的なものであった。オレゴン州のユージーンからコルバリスにかけて地上よりも大気中でより高いレベルの4.75メガヘルツを中心とした強力なラジオ信号が測定された。冬場に被害を受けた送電線から放射されていることを含むいくつかの不満足な理論が発表された。信号を研究したほとんどの技術者はそれがウッドペッカーの顕現であると結論付けた。その考えはテスラ拡大発信機によつてオレゴンへ導かれたというものに発展した。二十世紀に入ろうとする頃、ニコラ・テスラはパイクスピーク付近の実験室で、地球的規模の無線発信機の実験をしたが、その装置は西側ではそれほど研究されていなかった。伝えられるところでは、それは発生させた信号の力を維持しあるいは増幅して、地球上のいかなる望む場所にも、地球を貫通してラジオ波をビームすることを可能とした発信機である。ポール・ブローダーは、かつてTWA会社が、オレゴンで終わる850マイル送電線を使用する陸軍超低周波通信システムを提案していたので、ユージーン現象は陸軍の発信とソビエトの妨害電波の干渉であるとの考えを示した。

  それはともかく、ウッドペッカーは継続している。その主なる目的に関するいくつかの終結しない可能性がある。前海洋研究所主任は合衆国国民に及ぶ影響を見くびってきた。しかしながらロスアンジェルスの物理学者で国防総省のコンサルタントでもあるロバートべックは、信号は三つの目的をもつと語った。もしソビエトの人工衛星や他の探知機が使い物にならなくなった場合、アメリカからのミサイルの初期攻撃をキャッチする未熟な水平線上のレーダーとして活動できる。第二に、変調された信号は海中の潜水艦と交信する超低周波の中間域にある。第三に、彼はさらなる情報を約束したのであるが、生物学的副作用を持つと訴える。もちろん私は以後彼と連絡を取っていない。

  しかしながらいくつかの学問上の推論はできる。アディの研究は、動物の体内に超低周波信号を得るための最上の方法は、それを高周波無線信号へパルス変調させることであるとする。それこそまさにウッドペッカーそのものである。その周波数の範囲内で世界のいかなる場所にもビームできる。そしてその方向で送電網によって拾い上げられ再放射されるのである。

  レイモンド・ダマディアンは、ウッドペッカー信号は、人間の組織に核磁気共鳴を誘発するよう計画されたものであることを理論付けた。ブルックリン・ダウンステイト・医療センターの放射線学者ダマディアンはCTスキャナー同様、体内諸器官の映像を与え、核放射よりも磁場を使った最初のMRIスキャナーの特許を取った。本章の始めの部分で言及したようにMRIは電磁汚染あるいは電磁放射兵器による新陳代謝阻害を拡大する。マリア・レイヒマニスはウッドペッカー範囲の無線信号でこれをするためのパルス周波数
を計算した。そして彼女は10ヘルツ前後のアルファ・リズムを中心とする範囲を提案した。実際そのパルス信号は4+6と7+3の二つの変形であったのだけれども、一般的にその割合であった。利用できる証拠はロシアのウッドペッカーはアメリカ国民を実験的に攻撃すること、潜水艦との連絡を含む複数の目的をもった放射であることをほのめかしている。また癌発生率を上昇させるかもしれない。政策決定能力を阻害するかもしれない。また混乱と苛立ちの種を蒔くかもしれない。それはおそらく成功しているであろう。

  私はこのロシアからの信号を無効にするために、また同様の方法でアメリカ国民に影響を与えるために、アメリカ製発信機の一貫した噂を聞いてきた。1978年にイギリスに住むリポーター、ステファン・レドニップは「オペレーション・ピック」と呼ばれる計画の存在を証明するCIAドキュメントを盗まれたと訴えた。それは東ヨーロッパの核設備を含み、選ばれた地域の人々の精神的機能に影響を与えるため電離層にラジオ信号を発射することも含まれていた。

  全作業は宣戦布告のない電磁波戦争のように聞こえる。しかしながらアメリカの努力は奇妙な方法で妨害されているという一貫した不平がある。例えばシーフェアラー計画についての装備された海軍科学協会のレポートのすぐ後、海軍はアメリカとソビエトのザップギャップについて不平を言うために国家安全省での会合へ使節団を送った。また他の使節団に資金を兵器の非熱効果の面に切り換えるよう要求した。私の海軍との情報源の一つに従うと、海軍科学協会は電磁放射の実験に全く携わってこなかった専門家を送り、海軍にその計画を放棄することを強く忠告した。後に彼は既に他の人からも聞いていた疑いを言った。ソビエトによる精力的な電磁波兵器研究の調査には資金が与えられ、我々には資金が与えられないところから、合衆国軍事科学部の中枢に、多分海軍科学協会にスパイが存在すると結論付けた。それらは我々のはっきりしたこの分野での競争要求を妨げているのだとした。

  不幸にも、電磁波汚染の環境的危機という資金を与えられない研究に努力していた私の情報源は、本当に信頼できる者ではなかった。彼の不平は巨大で激しい合衆国電磁放射兵器計画に盲目であった。それが継続されていたことはディエトリッヒ・ベイシャーとの最後の会話から明らかである。1977年にニューヨークはバッファローにあるエリエ・マグネティック・カンパニーは、小さな私的会議を後援し、ベイシャーと私は出席する予定であった。会議の直前、彼から電話をもらった。なんの前口上も説明もなく彼は出し抜けに「私は今公衆電話から話している。長く話すことができない。彼らは私を監視している。私は会議に出席できない。君とも二度と話すことができない。申し訳ない。君はいい友達だった。さようなら。」すぐペンサコーラにある彼の事務所に電話すると「申し訳ありませんがここにはそのような名の者はおりません。」とのことで、まるで映画のようであった。数10年間そこで重要な研究をしていた男は失踪してしまったのである。

  私にとってつらかった点は、東西両陣営が誰も予想できない全生物圏へ結果する敵対的行動に乗り出すかもしれないということであった。もしソビエトが電磁波戦争を開始したら我々は全く反撃する準備をしていないとしても、私は単純な組み立てと報復が我々の生存のために最良の道だということを疑うのである。

  危険の範囲は一つの最終的潜在兵器を考えることによって劇的となる。1900年頃ニコラ・テスラは超低周波と極超低周波放射が磁気圏(地球の周りの宇宙の電磁場)に入ることができ、その構造を変えることができることを理論化した。彼の正しさは最近になって証明された。磁気圏、そしてバン・アレン帯は多種の電磁波を生じることができる。それらは当初、音響増幅器から学ばれることができたから、1920年頃発見された最初の種類は口笛吹き、夜明けのコーラス、ライオンの遠吠えのようなすばらしい名前が付けられた。極低周波から結果するそれらの多くは光を生じた。それは磁気圏の磁気ダクトに沿って極から極へはねかえるものであった。この共鳴は最初の極低周波を著しく増幅する。

  人工衛星による計測は、送電線からの人工エネルギーが地球上空で同様に増幅されていることを証明した。それは送電線調和共鳴として知られている現象である。ラジオ波とマイクロウェイブ・エネルギーは磁気圏で共鳴する。この増幅されたエネルギーはバン・アレン帯の分子と干渉して熱、光、X線、そして最も大事な雨粒の原子核として働く帯電した分子の死の灰を生ずる。

  音響ロケットでの最近の調査は、特別な無線局からのエネルギーと、この特別なイオンの落下の範囲とが一致することを示し、それは気象パターンが東に移動することに従い、帯電分子の移動も電磁放射源の東側に通常発生することをはっきりさせた。1983年、気象衛星エリエル3号4号からの計測で、北アメリカ上空から磁気圏にかけて、莫大な量の送電線調和共鳴の永久ダクトを創造していることが分かった。それは全大陸上のイオンとエネルギーの継続する放出に結果するものである。1983年3月、K.ブローグはチューリッヒにおける電磁波の適合性に関するシンポジウムでこのデータを提出して聴衆に注意を促した。雷雨は北アメリカでは25パーセントも1900〜1930年の間よりも1930〜1975間のほうが多くなっている。それは上空大気の上昇したエネルギーの影響であることを示唆した。

  1970年代中頃から、矛盾し変則した気象パターンに起因する、洪水、旱魃、それに付随する飢餓の著しい増加があった。それは電磁波汚染に一部原因するものと思われ、それは慎重であろうとなかろうと、ソビエトのウッドペッカーによって高められているの
である。狙った国で決定的気象変化を誘発することも可能に思える。そのような気象戦争がなかったとしても、電力システムの継続する拡大は、地球上の全生命の生存能力を危険に陥れているのである。

1999年11月28日
第十五回電磁波悪用被害者の会資料