技術資料(海外)


今なにかが違う:シンバイオニック・マインド


出典:「Technology Review」 1980年10月号P68〜70
著者:グレン・カートライト (Glenn F. Cartwright)
翻訳:石橋輝勝


人類が直立して歩くことを学んでから、我々の自然の能力を外部的に拡張する道具を作製し使用してきた。電卓やコンピューターが我々の知的な強さを高めたように、機械装置は我々の肉体的強さを高めてきた。コンピューターは平凡な計算から我々を解放し、より容易に概念化することを許した。それらは我々に木を見るよりも森を見ることを許したのである。それによって新しい洞察を鼓舞しているのである。

我々はキーボード、接続プリンター、ビデオ画面を通してコンピューターと相互に影響しあっている。しかし将来より驚くべき知的増幅器が可能かもしれない。それは直接人間の脳と結び知的能力を高めることができるまさに心の内部的拡張である。私はそのような装置を‘シンバイオニック・マインド (symbionic mind)’と呼ぶ。それはそれが我々を超人的にするからだけではなく、その装置が我々の脳とともにもつ緊密な共生的超人的関係からである。

シンバイオニック脳の起源

シンバイオニック・マインドは科学的空想の域を出ないもののようであるが、科学を反映しているものであり、科学的空想との疑問はほとんどわかないものである。その投影は最近現われた四分野の研究を基礎としている。第一は筋運動記録センサーの出現である。それはほとんど自然に義肢を操作することを患者に可能とするために使用されているのである。その仕組みは切断した手足の切断部分に筋電信号と呼ばれる自然な脳の衝撃を発見することである。そしてそれを増幅や他の手段によって変換し、人工義肢への適用においては電気機械装置をコントロールするために使われるのである。人工義肢の技術は超小型プロセッサーの出現によってより驚くべきものとなった。筋電図波形の周波数の相違を分析するためにそれを使うことによって、人工義肢装置は使用者の意思をより正しく翻訳することができるようになった。

第二の研究分野は脳ペースメーカーの発達である。脳内ペースメーカーは脳内を直接盗聴する技術を磨き上げた。そのようなペースメーカーは現在特定の患者におけるてんかん性発作をコントロールするために使われている。そして小脳刺激として知られるインプラント (移植) 装置はけいれん性まひの子供たちが自らの筋肉をコントロールするのを助けている。

一般的にほとんどのペースメーカーは自動的に動くものである、しかし医者あるいは患者自身によって動かされるものもある。例えば小さな形式のものは頭皮下にインプラントでき、それは無線による指示により脳のある部分を刺激するために使われる。その装置は以前闘牛の頭にペースメーカーをインプラントし無線信号を発射するボタンを押すことで襲ってきた牛を止めた劇的公開実験で有名である。人間において、このような心的ペースメーカーは、患者を深い鬱病に陥ることを防ぐために、てんかん性発作を防ぐために、手におえない痛みを減殺するために使われている。この技術は議論の多いところであるが、神経症、精神病、精神分裂病その他にも使われているのである。

第三の研究は、脳波を受け止め意味あるパターンに変換する試みに関わるものである。数年前、カリフォルニアはメンロパークにあるスタンフォード研究財団の研究者が、複数の被験者で、考えるだけでコンピュータースクリーン上の白い点を動かすことができたと報告している。この研究は人間の脳が直接に、実時間で、人間と機械の相互関係を供給するためコンピューターと合体する生体サイバネティックス・コミュニケーション・システム計画の可能性を実験したものである。より最近には、国防省の最先端技術プロジェクトは、脳電図が、認識過程から運動反応を識別し、活動要素から政策決定過程を識別するために使われるという、人間サイバネティックス研究の進展を報告している。このような研究が個人とシンバイオニック間の心的会話を可能とさせるものであり、結局個人間の純粋思考における会話を可能とさせるものなのである。

このようなシンバイオニック・マインドの発展は、脳義肢と第四の研究分野である人工知能の合体の結果としてあるものかもしれない。これはパターン認識、自然言語過程、複雑問題解決に関わるものであり、全てかぎられた程度であるがあるコンピューターには内在するものである。
シンバイオニック・マインド樹立において最も困難な仕事は電卓やコンピューターのように有益な心拡張装置の創造にはなく、それらの装置と人間の大脳皮質とをリンクできる装置の企画構成にあるのである。そのような複雑な相互関係が疑いなくシンバイオニック・マインドの主たる構成を代表するものである。この相互関係が直接インプラントされた電極か外部センサーで脳波を拾い上げることによって成就されたとき、シンバイオニック・マインドが生じるのである。


記憶の黄金時代

シンバイオニック・マインドの構築はもし我々人類が種の改革をすべきであり寿命をのばすべきならば必須のことである。寿命をのばすことに関するひとつの問題は、アーサー・クラークが『未来の輪郭』のなかで指摘しているように、人間の脳が記憶の染み込んだものとなることである。「例え我々が脳を独立して生かし続けられたとしても、結局あまりにも多くの印象と経験のためにそれらを収納する部屋がない状態へと行き詰まるのがおちである。人類の生存には一千年が限界でありましょう。」記憶を失った人には小さなマインド義肢、あるいは過剰記憶倉庫を伴う追加脳から利益を受けるであろう。記憶はもはや時とともに失われるということがなくなり、喉まで出かかって思い出せないという感覚も消え失せることになるのである。

ある程度人間の脳は少ない数の入力器官に制限されるかもしれない。一方もし可能だとしてどれほどの量の入力を人間の脳が処理できるものか知らない状態である。シンバイオニック・マインドはそのような感覚的入力を処理することができるのであろうか。たぶんシンバイオニック・マインドのなかに完全に人工的な感覚器官を作ることができ、またそれらを脳と直接つなぐことができるであろう。このような人工感覚器官は存在するほとんどの感覚器官を模倣し、しかし自然の感覚諸器官を迂回する。例えば、なぜ我々は電気的受信機、目、耳なしに直接テレビ映像や音を聞くべきではないのであろうか。視覚や聴覚障害者に利益があることはもちろんである。そして初歩的な作業がアメリカ中の研究所で今行なわれているのである。

もしそのような人工感覚器官やそれを直接脳と結び付けることが可能なら、同様に全く新しい感覚の創造が可能であるということである。ひとつの例は、有害なレベルの放射という目に見えない危険を探知する新しい感覚である。

シンバイオニック脳は我々が単に考えただけで家庭電化製品をコントロールできる思考スイッチを供給できるのである。それは消化や血糖値のような身体諸機能に目を向け、切迫した病気や過度のストレスに警告を発するかもしれない。また我々が眠っている間に浮浪者を監視し、煙を感知するなどして我々を守ることもできる。数学的計算、家計、仕事上の計算、そして手形の支払いは平凡な仕事である。シンバイオニック・マインドは多くの資料を見ることにより日々情報を新たなものとし、それを送ることにより我々の注意を促すことができるのである。

疑いなくシンバイオニック・マインドは我々が知るコミュニケイションの世界を全体的に変えるであろう。たんにあなたがだれかと話したいと考えただけでシンバイオニック・マインドによつてその人が地球上のどこにいようが探し出し、直接コンタクトを電話回線上に確立できるのである。思考は表面上テレパシーのように人々の間を流れ、これこそ真実のテレパシーに最も接近した状態であろう。


地球的規模の意識の出現

我々は潜在的に、意思次第で両方向に流れる、相互自動コミュニケーションのなかに存在するのであるから、これまでの「個人」の全体的概念は変わるかもしれない。これは地球上の人々にとって、まったく新しい、これまでとは相違する相互関係の合図かも知れない。また真実の地球的規模での意識の芽生えを代表するものかもしれない。それとともに高まった共感と理解の約束がもたらされ、人類にとって新しい目的意識と我々を独特の人間にするものへの新鮮な感謝をもたらす。これは失った価値の修復と疎外感の学びの合図である。

シンバイオニック・マインドは、個人的地位の低下の恐れをもたらす情報の爆発を扱う道具として、人類に供給されるであろう。それはどっと押し寄せる情報の奔流を操作しその上で活動することを可能にさせるかもしれない。またそれは環境をコントロールする我々の感情を修復すらするかもしれない。疑いなくこれはうぬぼれの頂点であり、主体性と目的の新たな感覚である。

なかには、事実上究極的な破壊へと誤らせる寄生的電気脳によって引き継がれることを恐れる人もいるが、それは概念理解の欠乏を示すものである。シンバイオニック・マインドは、まったく脳とは別にあり、競争相手というものではなく、我々の延長であり、我々の存在そのものなのである。それは我々とは異質のものではなく、自身の脳がもたらす以上のものを我々にもたらしてくれるのである。新しいシンバイオニック・マインドは目的意識によって意思的に働くものであり、絶えず我々のためにあり、我々に向いているのである。それは我々に付いて離れない随伴者であり、友人なのである。またそれは我々の良心であり、分身でもあるのである。シンバイオニック・マインドは人類の進化において、存在のより高い段階、新しい時代の夜明けへの次のステップを記すものなのである。

Glenn F. Cartwright (グレン・カートライト) はマックギル大学の心理学者兼教育心理学助教授である。同大学で彼は教育学習サービスセンターを組織し、教育へのコンピューター導入の主任でもある。本文は世界の未来社会 (The World Future Society) が後援し1980年7月トロントで開かれた、「第一回未来地球会議」での彼の発表から採用したものである。

第十一回電磁波悪用被害者の会資料 (1999年3月28日)